8 夕陽の漫才師シリーズB 「逆襲食らう漫才師」   


               夕焼け太郎(55)漫才師
                     萌子(もえる)(33)同
                      はえる(35)同

                 土屋 保(55)演芸場・席亭
                      五郎(30)その息子・漫談家
 
                  福 建省(30)金融取立て屋

                     有古一郎(45)生命保険会社・社員



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  高速道路の真下の大型雑居ビル。

  その一角。

  「いちびり生命・道頓堀支店」。

  店内の隅に衝立で仕切られた、「お客様相談コーナー」。

  テーブルを挟んで、社員の有古一郎と、取立て屋の福建省。

  福、タバコを灰皿で揉み消し、

福「見い!医者の死亡診断書と、役所の死亡届の受理書じゃ!」

  有古、興味なさそうに書類をめくりながら、

有古「せやから、まだ本社の方からの指示が・・・」

福「おまけに変死やさかい、警察の検死報告書まで付いてんねんで」

有古「そない言うたかてなあ、あんた保険の受取人と違うやろ?書類では受取人、夕焼け萌子さんになっとるで」

福「代理人て言うてんねんが!ほれ委任状じゃ!まったく、おまはんらは保険に入れよる時は調子良うハンコ突きさしよって、いざ保険金を払う段になると、これや!」

有古「しかしなあ、この被保険者なあ、今だに高座、上がっとるいうんやろ?」

福「上がっとる言うてもや・・・、そのなんや、人の手借りてようやっとやな・・・」

有古「ほなら介護保険、先もろたらどや?」

福「屁理屈ばかり抜かしくさって。消費者センターに訴えたるで。こんだけ書類揃えたったのに、なに文句あんねや!」

有古「書類言うてもなあ・・・。あ、あかん」

福「なんやねん」

有古「惜しなあ、足りんわ」

福「なにが足りんねや」

有古「火葬証明書がないわ」



  寄席演芸場・「とんぼり亭」・入り口。
 
  入り切れない客が行列を作っている。

五郎「すんまへん!もう中は満席だす!明日またご来場願います!」

  土屋五郎、行列への対応に汗だく。

行列客「あほんだら!あした、あしたて、保健所の営業停止食うたら、どないすんねん!」

五郎「せやさかい、もちょっと静かにだんなあ・・・」

行列客「うちらが騒ごうが騒がいが、くさ、あ、くさ、この臭いは隠しようないで!あ、くさ」

五郎「あと一週間は、なんとか持たせますさかいに」

  着膨れの首周りをしごいて、

行列客「なんやねん、せっかくぎょうさん着込んで来たったのに」

五郎「すんまへんなあ。せめて臭いだけでも、よう嗅いでったって」
  
  福、魚肉ソーセージを齧りながら歩いて来る。

  行列に眉をひそめて、

福「まったく大阪言うんは奇っ態なとこや。腐乱死体を見るのんに、こんだけ並ぶんやからな」

  切符売り場の傍らに小さな祭壇。

  夕焼け太郎の小さな遺影。

  前に立つと、線香を一本点して、

福「もっとも葬式と思たら、それほど奇っ態なことあらへん。大勢来てくれはるのんは有難いこっちゃ。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

  魚肉ソーセージを口に咥えて、ぱんぱん、拍手して拝礼。

福「もぐもぐ、あかん。手ェ、はたいてもた」

五郎「なにぶつくさ言うてんねん。保険屋、どやった?」

福「渋いわ。火葬証明持って来い、言いよった」

五郎「取立て屋がなぶられて、どないすんねん。普段のようにガツンとやったらんかい」

  福、場内の方を顎で掬って、

福「どや。クーラーの調子は」

五郎「ええ按配や。皆、がたがた震えとる」

福「ほじゃ搬入しよか」

  福、踵を返すと、足取りも軽く、数軒先の魚屋へ入って行く。

福「おっちゃん、お世話さんやのお」

  店内で岡持ちに腰掛け、新聞を読んでいた魚屋が振り返る。

魚屋「おう、ご苦労はん。ちょっと待っとき」

  魚屋、店内奥の冷蔵庫から、発泡スチロールの大箱を引き出す。

  福も手を貸し、「よしゃ、こっちゃ持つで」

魚屋「ええか、重いで。しかしなんやな、金融屋はんも楽やないのう」

福「汗水垂らして、借金回収して、ほでから、やっと元やからな」

魚屋「人助けして、憎まれとったりのう。持てるか?ひとりで」

福「因果な商売や。よしゃ、おおきに」

魚屋「同情するわ。あ、あかん!フ、フタ開けたらあかん!」

福「開けへんて」

魚屋「あかん!テープも剥がしたらあかん!」

福「剥がさへんて」

魚屋「揺すらんといて!そのまま、そのまま!ピー、ピー、ピー、オーライ、オーライ。あ、くさ。周りの空気、動かさんといてや。あ、くさ」

福「なんやもう、気ィ悪いなあ。仮にもホトケさんやで」

魚屋「なんまんだぶ、なんまんだぶ。しっかり稼いで来いや」

  福を送り出し、魚屋は塩を撒く。

福「バチ当たりやで、ほんま!」

  福は口を尖らせ、箱を自転車の荷台に縛り、ハンドルを巡らす。

  見送る魚屋、手を振りながら、

魚屋「ドライアイスは早めに換えたってなーー!」



  200パーセント満杯の劇場内。

  舞台には夫婦漫才、夕焼けもえる・はえる。

はえる「しかしなんやな、腐乱死体見るのんに、ようこんだけぎょうさん、来てくれはりましたな」

萌子「ほんまや、わざわざ来はらんでも、こっちから伺いますのに」

はえる「どないして伺いまんねん」

萌子「むかし、おっちゃんが、自転車で回って来はったねんが。チリーン、チリーン、キャンデー、キャンデー、アイスキャンデーは、どないでっかーー。腐乱死体はどないでっかーー。よう冷えた腐乱死体だっせーー」

はえる「キャンデーて。時期外れもええとこや。冷えた腐乱死体言うのもなんやねん」

萌子「さむ!」

はえる「自分で言うといて、なに寒がっとんねん」

萌子「ぽよよ〜〜ん!」

はえる「見い、お客はんもごっつう、寒がってはるわ」
 
  客席では、大方の客が白い息を吐き、鼻水をすすっている。

客1「う〜〜ぶるぶる。まるで冷凍庫やな」

客2「膝から先は、とっくに感覚あらへん」

  客の何人かが舞台に向って怒鳴る。

客3「あほんだら!客を凍死さす気か!」

客4「早よ、ゾンビ、始めい!」

はえる「すんまへんなあ。この舞台引けたら、ゾンビ、鍋に叩っ込んで、あつあつのホルモン煮込みを振る舞いますよって」

萌子「お父やん、キャンデー屋さんや!」

  福、舞台袖から、自転車に跨って登場。

  荷台には発泡スチロールの大箱。

福「チリーン、チリーン。いかーすかーー。腐乱死体はいかーすかーー。よう冷えてまんでーー」

はえる「腐乱死体、甲子園のカチワリみたいに売っとるわ。あほ違うか」

萌子「ひとつ買うたって」

はえる「欲しんかいな!」

  客席で。

客1「いよいよやな」

客2「鼻、曲らんように気ィ付けたれや」

客3「待ってました!大統領!」

  舞台で。

  福、荷台のゴムを解きながら、

福「はい、良い子は並んで並んで〜」

はえる「並んで言うても二人しかおらんで」

萌子「おっちゃん、腐乱死体のええとこ、あるか?」

  福、発泡スチロールのテープを剥ぎながら、

福「あるでえ、並んでなあ。並んで並んでえ。並んでな〜」

萌子「おっちゃん、並んで並んでしか、よう言わん」

はえる「アルバイト違うか」

萌子「おっちゃん、アルバイトなんか?なあ、おっちゃん」

福「おっちゃんな、あまりの臭さに、思考力どっか飛んでまってん。嬢ちゃんも気ィ付けや」

萌子「おっちゃん、手間掛かっとるな。フタ、開けたないん違うか」

福「おっちゃんな、末梢神経もなんぼかやられてまんねん。指、もつれとんねん」

  

  事務所――。小窓を土屋と五郎が覗いている。

土屋「取立て屋の兄ちゃん、なかなか、やるやないか」

五郎「舞台に上がるのん、クセになったそうや。こないだの取っ組み合いで」

土屋「助かるわ。ほかの芸人、誰も寄り付かんよう、なってもたさかいの、うちの劇場」

五郎「きょう明日は、夕焼けトリオで満杯やけど、いつまでも続かんで」

  劇場でどよめきが起こった。―悲鳴と歓声―。

  腐乱死体が全貌を現したのだろう。

五郎「うちら、えろごっついスピードで、違う方向にまっしぐら、やないのんか・・・」

  劇場では拍手と爆笑が引きも切らない―。

土屋「わしな、考え、あんのや」

五郎「珍しなあ、お父やんも考えることあるんか」

土屋「あんな、「人体の不思議展」言うの知っとるか」

五郎「京都の博物館で見たわ。ほんまもんの人間を、まるごと標本にしてんねん」

土屋「プラストミック標本言うねやて」

五郎「まさか、お父やん」

土屋「わしら生き残れるのんは、これっかないで」

五郎「夕焼け師匠、標本にしよ、言うんか?」

土屋「どや」

五郎「せやけど、ほとんど腐れてまんねんで。あの箱の中やって、半分は腐れ汁や」

土屋「要は、夕焼けはんの脳みそと舌べろや。あとは出来合いで、どないにでもなるわ」

五郎「ほんなんで、とんぼり亭が存続できるんかいな」

土屋「あほう。そない細い腹で言うとんやないわ。人類の未来や。医学の将来や。死んどっても生きとる標本。おのれでこれが肝臓、これが腎臓、これが肛門括約筋、説明すんねや」

五郎「サイボーグやな!なんや、キカイダーみたいやって。ええアイデアや。わい、お父やんの息子に生まれて誇りに思うわ!」

土屋「簡単やないで。ええか、あのおっさんを標本にするには、安う見積もっても、何十万、へたしたら何百万、掛かるやも知れんのやで。どこぞにほんたら元手があんねん」

五郎「せやなあ・・・」

  土屋、にやりと唇を歪め、

土屋「ところが、あんねや」

  と、入り口を振り返る。

  「ごめんやす」ドアが開き、男が入って来た。

  男は名刺を差し出しながら、

有古「いちびり生命の、有古、言います」

  

  五郎、湯気の立つ湯呑みを有古の前に置いた。

  窓からの隙間風に、有古は襟を立てる。

有古「と言う訳で、書類はおおかた揃うてます。夕方、代理人の金融屋はんが、委任状まで付けて忘れて行きよりました」

五郎「あの、あほ・・・」

土屋「せやったら、下りるんやな、保険金」

有古「あとは、本社に送る、担当者の要請書次第だす」

土屋「担当者言うのは」

有古「私だす。ついてはこの契約書に、署名願えまっか」

土屋「契約書?」

有古「つまり標本の・・・、標本はんのマネジメント契約だす。まあ、一応、形式だけのもんですねんけど」

土屋「マネジメントは、わしがやらなしゃあないで」

有古「わかってま、わかってま。形式でんがな。この方が要請書が作り安いんですわ」

土屋「せやな・・・。形式も肝心や。どれ。しかし、なんでそないなもん、いるんやろな。ま、ええわ」

  土屋、有古の示す書類の欄にペンを構える。

土屋「ええと、ここやな、ええ、土屋、たもつ・・・と」

有古「さいでっか。生きた死体標本でっか。おもろいでんなあ。ええメシの種になりそうや」

土屋「なんやて?」

有古「いやいや、その、なんでんがな、なんやら臭いまへんかな?くんくん、くさ。ひつれい。くんくん、くさ。う〜、寒!ぶるぶる。くんくん、くさ」

土屋「これでええか?」

有古「寒。ぶるぶる。あ、結構だす。おおきに、おおきに」

土屋「五郎、そこの引き出しから印鑑取ったって」

五郎「この印鑑でええのんか。そうか、サイボーグか。ついでにリモコンで操作、でけるようになったらええなあ。トンボリに靴落としよっても、師匠、取って来!言うてな」

土屋「あほ。師匠になにさせんねや。ほい、これでええか」

有古「おおきに、おおきに」

五郎「銀行襲わせたらどや。鉄砲で撃たれたかて平気や。夕焼け師匠ならシャレのひとつも返して、余裕で帰って来はるで」

土屋「ほんな閑などないわい。日本中、いや、世界中の医療機関やら博物館やら巡るんじゃ。一箇所、十万円もろても、結構な稼ぎや。せや背広、新調せな。待てや、白衣の方がええな。こう、裾、長ごうなっとるやつや。あれ、両手腕まくりして大股で歩いたるねん」

  三畳ほどの小狭い事務所は、人々の夢と希望、欲と打算、誤解と想像力がごちゃ混ぜになって、限りも知らず渦巻いている――。

  春だというのに、冷え切った窓ガラスがぴりりと凍りついた――。


  やがて劇場で―。
  
  歓声と笑い声が一瞬途絶え、突然、マイクを通し、鋭い怒号が響き渡った。

  「おのれら、掃除したるわ!観念せい!」

  躊躇いがちの悲鳴が続く。

  土屋と五郎が小窓を覗くと―。

  見知らぬ男が一人、舞台に駆け上がり、剥き身の日本刀を振り回している。

  逃げ惑う、萌子とはえる、そして福の3人―。

  今しも福が凶刃をもらい、もんどりうって倒れ込んだ。

  演出でないことを悟ったか、たちまち客席は、総立ちのパニック状態。

  土屋父子は血の気の引いた顔を思わず見合せた―。

  後ろで湯呑みを抱え込み、有古が寒さに震えている。

有古「へ、へ、へくしょん!う〜寒!あ〜、くさ・・・」――――――。

                       <了>



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17・8・16〜改18・2・21