9 夕陽の漫才師シリーズC 「彷徨いの漫才師」              

         
  <登場人物>

       福 建省(30)金融取立て屋

         土屋五郎(30)漫談家

           礼保田たまこ(22)どたきゃんテレビ・レポーター
              猪張健史(38)同・ディレクター
                大木泰土(42)同・編集部長



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  閉ざされたシャッター。

  ――とんぼり亭――。

  劇場の前に一台のテレビ中継車が停まっている。

  テレビクルーの一団――。

  ワイドショー・レポーターの礼保田たまこ、少し緊張気味にマイクを構えて、

礼保田たまこ「わたくし都市伝説探検隊隊長、礼保田たまこは今、大阪はとんぼり亭の前に立っています」

  ディレクターの猪張健史、メガホンを振り回し、

猪張健史「カットカット!馬鹿やろう!」

  帽子を取り頭を掻き毟る。

猪張「現場が出る前にチャンネル換えられてしまうわ!なんだ、その取っ付きは!」

たまこ「ど、どうしたら・・・」

猪張「どうもこうもあるか!状景をレポートするんじゃねえんだよ、レポートを状景にするんだよ!」

たまこ「言ってる意味が・・・」

猪張「何年俺にくっ付いてんだ!リハーサルをやらない意味が、分ってるのか?より臨場感を出すためだ。緊迫感を演出するためなんだよ!」

たまこ「頑張ってみます」

猪張「本番行くぞ!」

  猪張、カメラマンの襟首を引っ張り寄せて、

猪張「たまこ、中へ一歩踏み込んでスタート!しっかり撮ってやれ!いいか、開けるぞ!」

たまこ「でも、あの、その」
  
  猪張、とんぼり亭のシャッターを一気に引き上げ、たまこの背中を押しやる。

  照明は先回り、音声、カメラ、素早くたまこの後を追う。

たまこ「えー、は、入りました!ついに潜入に成功しました!ここ大阪とんぼり亭は・・・くっさーーーっ!とんぼり・・・くっさーーーっ!と・・・くっさーーーっ!」

  連続的にもんどりうって、たまこはカメラに激突する。

猪張「おっ、いいよ、たまちゃん。その調子!」

  おでこを摩りながら、カメラに向ってたまこはレポートを続ける。

たまこ「ごほごほ、おえっ。ご覧になれるでしょうか、あたしの、この大粒の涙。痛いからではありません。悲しい訳でもありません。この臭気、このにごい、この世の物とは思えません。ごほごほ、おえっ。え〜〜ん、お母さ〜〜ん!」

猪張「いいぞ、たまちゃん、最高!ごほごほ、おえっ」
 
  改札を過ぎると小さなホール。

  たまこ、恐る恐る歩を進めながら、

たまこ「つい先日まで、死人が高座に上がっていたという、この劇場。悪臭もさることながら、この異様な雰囲気はなんでしょう。未だ死人が歩き回っているかのような、妖気の漂うと言うか、ある種の居心地の悪さ――。さて、このホールを抜けると、いよいよ劇場への扉――。ごほごほ、おえっ」

  キキ〜〜。たまこが押すと、扉が軽い音で開いた。

  照明が入り、無人の劇場は寂とした姿を晒す。

たまこ「にごいに形があるならば、排泄物の塊に千本の手を生やし、その一本一本にクサヤを十本ずつ握らせた、とでも言いましょうか・・・」

猪張「いいよ、いいよ!なにを言ってるのか分らないけど、なかなかいいよ!」

  劇場内。
 
  客席の中程。

  取り立て屋の福建省が、居眠りをしている。

  うっすらと眼を覚まし、右手に握った魚肉ソーセージをひと齧り。

  左手は自分の脳天辺りの髪の毛を、しっかりと掴んでいる。

福建省「う〜〜ん・・・もぐもぐ。なんやな、やかましなあ・・・」

  ライトが場内を照らし、クルーが近付いて来る。

たまこ「あの舞台です。あの舞台こそが、つい先日まで死人が上がっていたという舞台です」

  ライトが舞台を走る。

たまこ「われわれには見えませんが、もしかしたらあの舞台上では、今でも死人の漫才が演じられているのかも知れません」

  勿体つけた足取りで、たまこは通路を進む。

たまこ「感じます。霊の存在を感じます。霊感のほとんど皆無のあたしでさえ、粟粒のようなこの鳥肌・・・。霊は、います!」

  振り返り、カメラを直視。

たまこ「絶対に、います!」

  福、身を乗り出して、

福「おるわけないやろ、ほんたらもん」

たまこ「ぎゃあっ!」

  再びもんどりうって、たまこは反対側の座席に尻餅をつく。

たまこ「出ました!やっぱり出ました!」

  福、髪の毛を掴んだまま、

福「出たのはおまはんらの方やんけ。わいはひと月も前からここにおるがな」

たまこ「ああびっくりした。霊かと思ったら、どうやら人間のようです」

福「人間のようですて、霊かて元々人間やろがい」

たまこ「あなた、どなた?ここで何してらっしゃるんですか?」

福「留守番しとんねんが。ゆっくり寝かしたってな、もう」

たまこ「でも、ここ、立ち入り禁止なんですよね」

福「表の貼り紙、見たら分るがな。おまはんらこそ、なんで入って来よんねん」

たまこ「保健所の営業停止命令が出てるんですよ」

福「あんなあ、よう聞き。保健所が立ち入り禁止にしたん違うんで。裁判所や。裁判所が立ち入り禁止にしたんじゃ。この劇場な、競売に掛かっとんねん」

たまこ「競売?」

福「席亭はんがな、借金抱えたまま、トンズラこいたんじゃ」

たまこ「わかった!じゃあ、あなた、債権者?・・・つまり、その、占有屋・・・さん?」

福「なかなか物分りがええやないか」

たまこ「それで営業停止に?」

福「債権問題に保健所が介入する訳もないがな。借金のゴタゴタは元々あったんや。劇場の営業権かて、とうに人手に渡っとった言うしな」

たまこ「死人の漫才っていうのは・・・」

福「それやがな」

  少し残念そうに、福は魚肉ソーセージを齧る。

福「文字通り、起死回生の逆転ホーマー、思たんやがなあ・・・、もぐもぐ」

  たまこ、座り直して、福にマイクを向ける。

福「お上には逆らえんわ。そらそうや。客は漫才が観たァて来はるねんからええ。せやけど町内の人らは、たまらんがな」

たまこ「にごい、じゃなかった、におい、が、ですか?すいません、に、西東京弁で」

福「トンボリさらって、ヘドロぶちまけても、あれほどは眼に来んで」

たまこ「つまり、その、霊が臭いんですか?」

福「せやから、霊てなんやねん」

たまこ「漫才してたんでしょ?」

福「死体やがな。腐乱死体やて。あんたらどこのテレビ局やねん」

たまこ「東京の、どたきゃんテレビです」

福「なんや東京かいな。せやから鈍くさいねんな。ちょっとは下調べせなあかんで」

たまこ「なんで死体が漫才なんか出来たんでしょうね」

福「知らんて。そんなん分ったら、弟子の志望者が殺到して、どもならんがな」

たまこ「だって死んでるんでしょ?」

福「本人が言うのには――、本人が言うのには、やで。コンビニ弁当のお陰やそうや。幸か不幸か、普段から防腐剤漬けになっとったからやそうなんや」

たまこ「なんだか、説得力があるような、ないような」

福「もうええわ。眠うてしゃあないねん。さっさと去んでや」

  ごろりと福は丸くなる。

  たまこは口を尖らせる。

たまこ「なんだ、そうかあ。幽霊のインタビューが出来ると思ったのになあ」

福「せやからその幽霊てなんやねん。ほんたらもん、この世におる筈もないやんけ。ふあ〜〜あ・・・。眠た〜〜」

たまこ「でもここで、殺人事件が起きたという話しは?」

  福、億劫そうに起き上がって、

福「そこが世間の怖いとこや。そこいらに、どんな人間がおるか、分らんちゅうこっちゃ」

たまこ「ほんとにあったんですか?殺人事件」

福「せやな・・・。なんやら思い出して来たわ・・・。あれ、たしか、営業停止食うて、これが最後や、いう舞台やったかのう。――違うな。せや、営業停止のきっかけになりよった舞台やったわ」

  福、首を傾げ宙を見詰める。

福「営業停止もくそもあらへん。警察やら新聞社やらで大騒ぎやったわ。あんたら今頃来はるゆうことは、東京ではさほど話題にならんかったんやな」

たまこ「東京は東京で、ほかに事件とかニュースとか・・・。では腐乱死体というのが、その殺人事件の犠牲者?」

福「分らん奴っちゃなあ。腐乱死体は元からおってん。舞台でわいらとコントやっとってん」

たまこ「占有屋・・・さんも、舞台に?」

福「ま、その、こほん、客演ちゅうやつやがな」

たまこ「で、殺人事件というのは?」

福「劇場は連日満杯や。せやけどな、自分らがええ気になっとる分、他の者ンの恨みを買うとるねん。それが世間ちゅうもんや」

たまこ「はあ・・・」

福「よほど溜まっとったんやろなあ。わいらも反省せなあかん。近所のおっさんなんやけどな、客席で、日本刀抜きさらした思たら、いきなり舞台に駆け上がって来よんねん」

たまこ「日本刀ですか」

福「乱暴な奴っちゃで。臭ァてしゃあないわ!掃除したる!言うてな、わいの顔面、袈裟懸けや」

  福、髪の毛を掴んだまま、たまこに自分の顔を突き出し、ソーセージで斜めに線を引く。

たまこ「ひえ!あなた切られたんですか?」

福「袈裟懸けのブッツリや。見い」

  福、自分の腹を顔で示し、

福「こっから、こっちや」

  背中を向ける。

  福のみぞおちから、背中の腰の辺りまで、日本刀が貫いている。

たまこ「きゃ!痛くないんですか!」

福「なんやらとうに慣れたがな」

たまこ「とにかく病院に行きましょう。ねえ、ほら、あなた!」

福「ええて。ほっといたってえな」

  立ち上がり、差し伸べるたまこの手を、福は振り払う。

  その拍子に、掴んでいた髪の毛を、思わず放してしまった。

  するりと滑る、顔半分。

たまこ「きゃ!落ちました!顔が!」

福「見い、落ってもうた」

  拾ってくっ付け、しっかり髪の毛を絡め掴むと、福はたまこににっこり微笑んだ。

たまこ「そんな、あなた、悠長な・・・」

  福、再び、遠くを見るような目。

福「客や周りの者ンに、犯人は取り押さえられたんやけどな、そん時な、皆がパニックなっとる時な、萌子姉さんがな――、萌子姉さんがな、わいの顔半分、拾うてくれてな・・・ぐすん、拾うてくれて・・・」

たまこ「泣いてる場合じゃ・・・」

福「こう、わいの顔半分、くっ付けてくれてやで、ぐすん、福ちゃん・・・、福ちゃん、顔半分無うなったったら――、無うなったったら、あんた、せっかくのイケメン台無しや、言うて・・・うっ、ううう、お〜〜いおいおい・・・」

たまこ「イケメンもいいですけど、とりあえず病院へ・・・」

福「わい、わいな、萌子姉さんみたいな嫁はんなら、ごっつ欲しい思うわ。ええ女子や、ほんま、萌子姉さん・・・。お〜〜いおいおい」

たまこ「ディレクター、とにかく救急車、呼んでぐださい!」

  猪張、おでこに手を当てて、

猪張「なんだか俺も頭が痛くなってきた。撤収しよう」

たまこ「撤収って。怪我人をほっとくんですか?」

福「わいなら、ええて。ほっといたってェや。眠うてしゃあないねん」

  日本刀を少し邪魔そうに、再びごろりと、福は丸くなった――。



  劇場からホールへ、クルーが出て来ると、シャッターをくぐって土屋五郎が入って来た。

土屋五郎「なんや、シャッターが開いてる思たら」

猪張「すいません。すぐに撤収しますんで」

  猪張に続いて、たまこたちスタッフも、お辞儀をしながら表に出て行く。

五郎「待ちいな。どこのテレビ屋さんやね。ちょいと・・・、なんやねん・・・、まあ、ええか・・・」

  五郎、踵を返して、ホールの片隅へ。

  小さな祭壇の蝋燭に火を点すと、線香を二本、その火にかざした。

五郎「なんまんだぶ、なんまんだぶ。師匠、ほんまに、すんまへん。あほなお父やんを、許してやっておくれやす。わてが必ず穴を埋めますさかい・・・」

  夕焼け太郎に並んで、福建省の遺影。

五郎「福やん、堪忍やで。わてが舞台に上がてくれ頼まなんだら、こんたら目に遭わんでも・・・。堪忍やで・・・」

  「なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」手を合わせ、りんを鳴らす。

  ち〜〜〜〜ん・・・。

五郎「師匠はともかく、福やん、きっと、成仏しとくれや・・・。なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」

  ち〜〜〜〜ん・・・。




  東京。

  どたきゃんテレビ・編集室。

  部長の大木泰土と、ディレクターの猪張の二人だけ。

  モニターを見ながら機器を操作している。

大木泰土「お前、大阪くんだりまで、カメラを空回ししに行ったのか?」

猪張「こんな筈は・・・」

大木「こんな筈はって、見ろ!なんにも映ってねえじゃねえか!」

猪張「帰りの車で確認した時は、ちゃんと・・・」

大木「ちゃんと何が撮れてたんだ?ハナからラストまで真っ黒じゃねえか!」

猪張「ですからその・・・」

  バターン!

  ドアの閉まる音。だが人の入って来た気配はない。

  振り返り、そして顔を見合す二人。

  ぎぎ〜〜。再びドアが開いた。

  若いADが顔を覗かせる。

AD「お疲れっす。徹夜すかあ?」

大木「なんだ、お前か。どうした、泊まりか?」

AD「あした朝が早いもんで。それより・・・」

猪張「なんだい?」

AD「いま出て行った人、誰すか?」

猪張「出て行きやしないよ、誰も」

AD「なんだか、こう齧りながら、テレビ局ておもろそうなとこや。少し見学さしてもらお。とかなんとか・・・。あれ、何を食べてたんだろうなあ」

  小さな音で、デスクのデジタルが真夜中の時刻を示す。

AD「ああ、そうだ、魚肉ソーセージだ・・・」

  猪張の手からボールペンが滑り落ち、カラカラと転がった。

  省エネで、光量を落とした薄暗い廊下を、季節外れの蛍が一匹、彷徨うように飛んでいる――。

                         <了>

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