7  夕陽の漫才師シリーズA 「復活の漫才師」   


       <登場人物>
 
           夕焼け太郎(55)
              夕焼けはえる(35)
                 夕焼け萌子(33)

            土屋 保(55)とんぼり亭・席亭
                土屋五郎(30)その息子・漫談家
                    
                   福 建省(30)金融取立て屋


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  寄席演芸場――とんぼり亭・事務所。

  机ひとつの小狭い事務所。

  席亭の土屋保と、漫才師の夕焼けはえる。

  顔を突き合わせ、出演交渉をしている。

  小窓から覗ける劇場は、客もまばら――。

  演じられているコントに、聞こえてくる笑い声も、まばらである――。

土屋保 「トリオで、やて?」

夕焼けはえる 「うちら、二人漫才は行き詰ってまんねん」

土屋 「行き詰っとんのは、生活の方やないのんか?」

はえる 「それもそうでんねんけど・・・」

土屋 「トリオでもイレブンでも、うちが払うもんは一緒やし、何人おってもかまへんが、・・・くんくん、なんや、臭ないか?汚わい屋はんでも通らはったんかいな?なんやね、汚わい屋はんて。で、トリオて、誰を入れるゆうねん」

はえる 「うちの社長が、もっぺん、舞台に上りたがってまんねん」

土屋 「夕焼けはんが?失踪しはったと聞きよったが、出て来はったんかいな」

はえる 「出て来はったんですわ」

  土屋は湯呑みをぐびりと呷り、

 「ほら良かった。元気なんかいな」

はえる 「すこぶる元気やねんですが、なんぼか、その、腐ってまんねん・・・」

土屋 「あれだけ借金抱えよったら、少々腐ってもしゃあない。元気ならええ」

はえる 「少々の腐れ具合なら、誰も文句は言いよりまへん・・・」

土屋 「元気なんやろ?」

はえる 「やる気満々だす」

土屋 「ええこっちゃ」

はえる 「劇場、一杯にしたる、張り切ってまんねん・・・」

土屋 「頼もしなあ。けど借金取りで満杯は、もう勘弁やで」

はえる 「すんまへん・・・」

土屋 「わは?わはは。冗談や、冗談。人間ええ時もあればへこむ時もある。夕焼けはんには、わしも若いころ世話んなった。こんどはわしが恩返しする番や。早よ顔見たいのう」

はえる 「せやけど・・・、腐れてまんねんで・・・」

土屋 「借金なんぞ、なんぼかあった方が、張り合いが出んねやて」

はえる 「張り合いゆうより、まんべんなく、汁が垂れてまんねん・・・」

土屋 「元気なんやろ?」

はえる 「びんびんだす」

土屋 「ええこっちゃ」

はえる 「呼んでもよろしいか?腐れてまんねけど・・・」

土屋 「なんや来とんのかいな。先言わな。早よ、呼んだらんかいや」

  春というには、窓からの隙間風はまだ冷たい。

夕焼け萌子 「ごめんやす・・・」

  はえるが開いたドアの間から、少し遠慮気味に萌子が顔を覗かせた。

土屋 「萌ちゃん!ひさぶりやの。入り入り。なに遠慮してんねん」

萌子 「社長もおんねんですけど・・・」

土屋 「じれったいのう。なに気い使うとんねんな」

萌子 「けっこう腐れてますねんけど・・・」

土屋 「ええて、ええて、腐れとっても、人間元気が一番や!」

  萌子が道を明けると、腐乱死体が敷居を跨ぐ。
 
  半ば露出した前歯を噛み鳴らし、

夕焼け太郎 「おう!とんぼりの!ひさぶりやな!」

  土屋も両手を広げて立ち上がり、

土屋 「夕焼けはん!どや、景気の方は・・・くっさーーっ!」

  もんどりうって、部屋の隅に張り付いた。

太郎 「やはり臭いまっか?」

土屋 「臭いまっかて・・・。あんた、肥溜めから這い上がって来たんかいな!」

太郎 「肥溜めて。人を蛆虫かなんぞのように言いないな」

土屋 「蛆虫の方が、まだましな身なりしてまんがな。あ、あかん!あかん!そのまま入られたんではかなわん。これ敷き、これ!」

  土屋は手元の新聞紙を床に広げた。

土屋 「垂れてまんがな、ほれ、汁が!くっさーーっ!あんた、腐れ掛けとるんと違うんかいな!くっさーーっ!」

はえる 「せやから、何べんも腐れてはんねって・・・。実は社長、先月の末に入水自殺してはって・・・」

土屋 「なんや死んではんのかいな。どうりで、どえらい臭いでんがな。くっさーーっ」

萌子 「これでも芳香剤、眼一杯、かけてましてん」

土屋 「交番やら保健所やら、どない通過して来よったん。くっさーーっ」

はえる 「犬が吠え付くのには、往生しましたわ」

太郎 「元気はびんびんやで!」

土屋 「び、びんびんて。くっさーーっ。トンボリ飛び込んでも、これほどは眼に来んで。くっさーーっ」

萌子 「席亭はん、うちと一緒のこと言いはったわ」

はえる 「ほんまや」

土屋 「おまはんらも、なに気楽に構えとんねん。トリオやのうて、真っ先に葬式、出したらんかい!」

萌子 「あ、今度はあんたと一緒のこと言うた」

はえる 「ほんまや」

萌子 「人間パニクると、発想も似て来はるねんな」

太郎 「ひさぶりやのに、こないな中途半端なザマ、さらしてもうて・・・」

土屋 「中途半端て。じゅうぶんパーヘクトな腐乱状態でんがな。くっさーーっ!」

  劇場の方で拍手が起こった。演目がひとつ終ったようだ。

  「お疲れ!」「お疲れはん!」楽屋を通ってこちらへ、人の来る気配。

土屋五郎 「なんや、このにおい!くっさーーっ!」

  事務所に入るなり、土屋の息子、土屋五郎はのけぞりながら、叫んだ。

五郎「バキュームカーでも通ったんかいな!バキュームカーて、なんやねん!」

  萌子、はえると顔を見合わせ、「ひとりで突っ込んではるわ」
  
  夫婦に気づいた五郎、鼻を両手で覆いながら、

五郎「こら誰や思たら、萌ちゃん!はえる兄さんも!ひさぶりでんなあ!」

はえる 「ご無沙汰してますわ」

五郎 「師匠はどないしなはった?夕焼け師匠は・・・。くさ〜〜。なんやな、このにおい・・・。あ、これや。このにおいや。お父やん、なんで、こない、どでかいウンコの塊り、部屋の真ん中に置いてんねん。くさ〜〜。アホ違うか!」

土屋 「ウンコ違う。夕焼けはんや」

五郎 「ゆ!・・・、師匠!ひさぶりです!どないしはったんですか、そのなりは!肥溜めから這い上がって来はったんだすか?」

太郎 「親子で肥溜め肥溜めて。なんやねん。蛆虫違うで」

五郎 「たぶん蛆虫の方が、もちっとましな身なり、してはりまっせ。くさ〜〜・・・」

土屋 「夕焼けはんは、ホトケさんなんや」

五郎 「わかってま!わいらの仲間内でも、仏の夕焼け師匠で通ってますわ!」

土屋 「せやない。五郎、落ち着いて聞き。夕焼けはんは、夕焼け師匠は、すでに死んではるねんや。ほんまもんのホトケさんなんや。納得してや」

五郎 「納得て・・・。さよか・・・。師匠、どないお悔やみ言うたらええのか・・・。ほんま、生前はいろいろお世話になりました。これからも末永う、よろしゅうお願いします。ナンマンダブ、ナンマンダブ。て、どないお悔やみやねん!」

萌子 「また一人突っ込みや」

はえる 「しゃあない。ピン芸やから」

五郎 「しかし師匠、ほんま、お元気で・・・ええまあ腐れ具合で・・・、ほんだけ腐れながらも、よう帰って来てくれはりましたな。くさ〜」

太郎 「コンビニ弁当のお陰や。幸か不幸か、普段から防腐剤漬けの体質になってまんねん」

五郎 「ホトケさんなら、なんしか、ひとまず、葬式上げなしゃあないでっしゃろ。くさ〜」

萌子 「あんた、葬式やて」

はえる 「つぎ、トンボリ出るで」

五郎 「それにしても、くさ。あー、具合悪なってきた。トンボリ飛び込んでも、これほどは眼に来んで」

土屋 「犬に吠えられて往生しはったそうや」

五郎 「犬はともかく、交番やら保健所やら、よう黙って通さしましたな」

太郎 「葬儀屋はんに呼び込み出とったら、間違いのう、引っ張り込まれたやろな」

土屋 「保障しまっせ」

五郎 「そんなん保障されても、どもならん。ほでも考えようだっせ。このなりなら蝿はたかっても、借金取りはよう寄らん」

  机の上の電話が鳴る。

土屋 「はい、もしもし、ああ、大鷲はんか。どないしてん。はあ、はあ、相方の小鷲はんが。・・・そりゃ困るがな。・・・なんでやね。あんたひとりでも・・・。何年芸人やっとんねん。あ、切りよった」

  受話器を置き、土屋は頭を抱える。

五郎 「大鷲はん、どないしたん?」

土屋 「相方が腹痛やて。キャンセルや」

五郎 「キャンセルて。大鷲小鷲は今日のトリだっせ。どないすんねんな」

土屋 「しゃあない。お前、もっぺん、トリで上がったれ」

五郎 「無茶やがな。朝から同じネタ三回もやってんねんで。四回はようやらん」

土屋 「ウケとったがな」

五郎 「無理やて。いま居る客、開演から居ってん。どうせ最後まで居るに決まっとる」

土屋 「どないしよ」

五郎 「どないしよかいな」

  劇場の方から、まばらな拍手と、まばらな笑い声が聞こえる――。



  ――とんぼり亭は百席ほどの、小さな劇場。

  その百席も、おおかたが空席である。

  「なんやねん、この臭いは・・・」「たまらんのう・・・」

  劇場の、まばらな客が眉根を寄せている。

  ――舞台では夕焼けトリオの熱演――。

萌子 「部長、なんでっしゃろな。この臭い」

はえる 「きみが犯人かと思てたで」

萌子 「あほ言いな」

はえる 「まさかテロとか、違うやろな」

  客席で―。

客・おばん 「テロやろか」

客・おじん 「汚わい屋同士の衝突事故、違うか」

  舞台―。

萌子 「近所で、クサヤでも焼いとんですやろ」

  客席―。
 
客・おばん 「それや」

客おじん 「クサヤや。迷惑な奴っちゃな」

  舞台―。

  「ふらんしたいの場合は〜〜〜、どこまで〜も、お馬鹿はん〜〜、てかあ」

  袖から太郎登場。

太郎 「おう、帰ったで〜」

  萌子、はえる、駆け寄り、

萌子 「社長!今までどないして・・・くさっ!」

はえる 「皆、心配し・・・くさ、くさっ!」

太郎 「なんや、人を見るなり、 くさいくさいて。ひつれえな奴っちゃ!」

はえる 「肥溜めから上がって来はったんでっか?」

太郎 「丁度ええ肥溜め見かけたさかい、ひと泳ぎ、かまして来てん。違う違う」

客・おばん 「えらいの出て来よったで」
 
客・おじん 「どないメーキャップや。シージーやな」

客・おばん 「シージーて?」

客・おじん 「ああゆう訳わからんもんは、たいがいシージーやねん」

はえる 「営業に出らはって半年も帰らん。いったい、どこでどないしとったんです?」

太郎 「そない、やいやい言いないな。気ィ付いたら、ポリバケツで、生ゴミに出されとったん」

客・おばん 「あ、せやから臭うねん」

客・おじん 「いっつも言うとるやろ、ゴミは蓋せなあかん」

  客・おばんの隣りで、寝入っていた男が寝返りを打つ。

福 建省 「もぐもぐ、むにゃむにゃ、お母やん、おまんま、おかわりや。くさ〜〜・・・」

  かじり掛けの魚肉ソーセージをもぐもぐさせて、客・おばんの膝に手を載せる。

客・おばん 「なんやな、この人。ちょっと、いらわんといてや!」

福 「う〜ん、くさ〜〜。もぐもぐ」

客・おばん 「くさ〜、て。ひつれえやな!ちょっと、ほれ、起き!」

福 「あたたた。お母やん、痛いがな。くさ〜〜」

客・おばん 「あんたのお母ん、違うがな。ほれ、ヨダレ垂れとるて!」

  福、起き上がって眼を擦る。

福 「う〜〜ん、ふああ。あ、くさ。くさ〜〜。なんや、このにおい!テロ違うか!」

  客・おじん、身を乗り出し、

客・おじん 「し!舞台効果や!シージーや!静かにしたらんかい、どあほ!」

福 「舞台効果て。なんや、クサヤでおまんま食うとる夢、見とったわ」

  舞台のコントは佳境に入っている。

萌子 「はい、もしもし、夕焼け商事です。あ、はい。社長お電話です」

はえる 「どうせ借金取りやろ。逆さにしても鼻血も出えへん、言うとけ」

太郎 「訳のわからん汁なら、ようけ出よるで」

萌子 「葬儀屋さんですやて」

太郎 「商売やの。もう嗅ぎ付けたんかいな」

はえる 「これだけ臭うたら、嗅ぎ付けるもなにも、あらしまへん」

  別の電話が鳴る。

萌子 「はい、もしもし。社長、今度は薬品会社からです。ええ芳香剤があるそうです」

はえる 「なんや、セールスばっかしやな」

太郎 「せや!商売はセールスや!攻めなあかん!」

  客席で、福が舞台に目を瞠る。

福 「なんやて?あら、夕焼けの奴らやんけ・・・」

  席を立ち、背中を丸めて、福は舞台に走り寄る。

太郎 「どこでもええ。近所の大学病院、電話し!研究用の、活きのええ腐乱死体、どや、言うてな!」

  舞台を見上げて福が怒鳴る。

福 「こら!腐乱死体!なんやら臭い思たら、夕焼けのガキどもやないけ!」

はえる 「あかん。取り立て屋の兄ちゃんや」

福 「どこぞにふけとんねん!ここで逢うたが百年目じゃ!今日こそは払うてもらうで!」

  肱を掛け、舞台に上り掛ける福。

  太郎はその脳天を蹴り飛ばし、

太郎 「あほんだら!こっから肝心の下げに入るんじゃ!邪魔せんとけ!」
  
  転げた福は腕まくり。立ち上がると、素早く回り込んで、舞台の上へ。

福 「やかましい!オチならわいが付けたる!覚悟しや!」

  鼻息荒く太郎に掴み掛かった。

  はえる、割って入って、

はえる 「待ち!待ち!待ったってえな!」

福 「どかんかい、おのれは!――わっ!」

  掴んだ太郎の腕が根元からもげた。

福 「なんじゃい、こりゃ!あ、くさーーっ!」

  客席に放り投げる。

  「ぎゃあっ!」「くさーーっ!」腕が飛んだあたりで、悲鳴が上がる。

はえる 「見い!もげてもた!どないすんねん!弁償せえ!」

萌子 「むたいやで!うちらの商売道具を!」

太郎 「あたたたたー。なにさらすねや。せっかくホッチキスでとまっとんのに」

  福、自分の手の平を嗅ぎ、

福 「あ、くさ。くさ〜〜。わいの鼻までもげそうやわ!」

太郎 「このガキ、勝手なこと抜かしくさって。死体損壊やぞ!へたな傷害より罪、重いねんど!」

福 「やかましわ!そこまで腐れとって、損壊もくそもあるかい!こうなったらズタボロにしたるわ!」

はえる 「あ、やめちゅうのに!――いたーーっ!」

  力尽くではえるを投げ飛ばし、福は太郎に飛び掛る。

  客席はやんややんやの大喝采。

  「借金取り頑張れ!」

  「ゾンビも負けるな!」

  「ええど、ええど!」

  「さすがにシージーや!」

  舞台も狭しと、取り立て屋、腐乱死体の取っ組み合い。

  かくして小劇場は拍手と声援、悲鳴と怒号が入り乱れ、手首足首、臓物やら眼球やら睾丸やら肉汁やらが、限りも知らず飛び交うのだった――。

                    <了>
                

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